「タテ」×「ヨコ」の会計視点からリスクや収益性を判断する 後編

 addlight journal 編集部

前回に引き続き、「タテ」と「ヨコ」の会計視点でのプロジェクトマネジメントについて考えてみたいと思います。

今回は前回に加え、キャッシュフローの時間的価値を考慮した2つの計算方法、さらに新規事業プロジェクトの会計視点からの判断方法について述べさせていただきたいと思います。

キャッシュフローの時間的価値

前回述べた回収期間法と投下資本利益率法には織り込まれていない情報もあります。それがキャッシュフローの時間的価値です。

みなさんは、1年後に確実に1万円もらえるか、3年後に確実に1万円もらえるかであれば、どちらを選びますか?ここでの意味は、欲しいものがあるので1年後に早く欲しいという欲求的な意味ではありません。1年後に1万円をもらい、それを銀行に預ければ3年後には1万円よりも大きくなっていますよね。定量的に考えて、キャッシュフローの時間的価値を考慮すると、3年後の1万円より、1年後の1万円の方が価値が高いことになります。ところが、回収期間法及び投下資本利益率法では、3年後の1万円も1年後の1万円も、同じものとして評価してしまっているのです。これはキャッシュフローの時間的価値を考慮しない簡便的な方法と言うこともできます。これに対して、キャッシュフローの時間的価値を考慮した上でプロジェクトの投資判断や収益性判断を行う方法もあります。それが、正味現在価値法または内部利益率法と呼ばれる手法です。

3.正味現在価値法

プロジェクトの投資判断を行うための3つ目の方法が、キャッシュフローの時間的価値を考慮した正味現在価値法になります。 正味現在価値法は、NPV(Net Present Value)法ともいい、投資評価指標のひとつで、キャッシュフローの総額を現在の価値に直して示す方法です。正味現在価値がプラスなら時間的価値を考慮した上で、そのプロジェクトの現在の価値がプラスであるため、単独のプロジェクトの投資判断をする場合には、そのプロジェクトを実施することが有利と考えることができます。また、複数のプロジェクトから正味現在価値法によって投資すべきプロジェクトを選択するような場合には、時間的価値を織り込んでの判断が可能になる訳です。

例えば、プロジェクトに対する初期投資金額(キャッシュアウトフロー)が200、1年目のキャッシュインフローが60、2年目のキャッシュインフローが80、3年目のキャッシュインフローが120の場合、割引率を5%とすると、このプロジェクトの正味現在価値は33((60÷1.05)+(80÷(1.05)2)+(120÷(1.05) 3)-200=33)となります。

ただし、時間的価値を考慮するために、割引率を設定する必要があります。先ほどの例だと、3年後の1万円より1年後の1万円の方が価値があるという話をしましたが、ではそれらは現時点でいくらの価値があるか考えなければなりません。ここでの割引率は、一般的には資本コストを用いることになります。そのプロジェクトにおいて、キャッシュフローの時間的価値はいくらか、ということであり、特定の借入などに紐づいているようであれば、その借入の利率になるでしょうし、企業全体に紐づく場合には、企業の資本コストすなわち加重平均資本コストを用いることになります。

4.内部利益率法

4つ目の方法が、内部利益率法です。内部利益率法もキャッシュフローの時間的価値を織り込んだ投資判断の方法であり、IRR(Internal Rate of Return)法ともいい、投資によって得られると見込まれるプロジェクトの利回りを計算します。これと前述の資本コストと比較し、単独のプロジェクトの投資判断をする場合には、その内部利益率が資本コストよりも大きければ、投資を行う判断をすることになります。この方法によると、よほど複雑なキャッシュフローの動きになっていない限り、通常の正味現在価値法による判断と内部利益率法による判断は一致します。そして、正味現在価値がゼロになる割引率と内部利益率とは一致することになります。

例えば、プロジェクトに対する初期投資金額(キャッシュアウトフロー)が200、1年目のキャッシュインフローが60、2年目のキャッシュインフローが80、3年目のキャッシュインフローが120の場合、この新規事業の内部利益率は12.71%(Σ(CIFi/(1+IRRi))-COF=0)となります。

ところが、この内部利益率法によると、プロジェクトの収益性を率で表すことになり、絶対額で評価したり判断することができません。また、内部利益率で再投資がなされるという前提が置かれており、企業の実態と乖離する場合もあります。よって、複数のプロジェクト候補から選択する場合には、絶対額で評価できる正味現在価値法が有効な場合もあります。

企業での新規事業プロジェクトの意思決定における会計視点は?

それでは、ここで、企業で新規事業プロジェクトの投資を検討する場合に、会計視点からはどのように判断すべきか考えてみましょう。

新規事業の場合、将来の収益(キャッシュフロー)の予測に不確実性が伴う場合が多いため、まずは回収期間法によって、投資回収のリスクを見極めるというのもひとつかと思います。ただし、この方法では、前述のとおりリターンについて指標として表すことが出来ないため、その他の方法も併用する必要があります。

単純に考えるには投下資本利益率法(ROI)などをざっくり試算する方法もありますが、株主の立場(株主利益保護の観点)において企業価値や株主価値を棄損しないためには、少なくとも正味現在価値はゼロ以上(割引率は加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost Of Capital)を使用)または内部利益率が加重平均資本コスト以上である必要があります。もちろん、これらの方法は将来のキャッシュフローの金額が決まらないと算出することができず、新規事業プロジェクトの場合には、新規の製品やマーケットに参入することも多いため予測をつけにくいこともあるでしょう。ただし、いくら将来の不確実性が高いからといって、正味現在価値や内部利益率を全く考慮することなく新規事業プロジェクトへの投資を決裁してしまうのは考えものです。予測しうる最も合理的なキャッシュフローの金額を見積り、またはいくつかのキャッシュフローのパターンをシミュレーションして、株主利益をみだりに毀損することのないような投資の意思決定が必要です。みなさんが投資家であれば、そのような投資ルールやガバナンスのある企業であれば安心して投資できるのではないでしょうか。

このように、企業で新規事業プロジェクトの投資を検討する場合には、会計視点からは、まず「ヨコ」の観点で総合的にプロジェクトのリスクや収益性を判断することになります。

一方で、企業は外部に対して「タテ」の視点の財務会計の情報を公表することになります。仮に上場企業の場合、過去の数値は財務諸表として、将来の予測は業績予測として、それぞれ「タテ」の視点とルールで数字を外部に公表し、責任を持っています。そのため、新規事業プロジェクトが公表する企業の数字にどのように影響を持つのか、検討しておく必要があります。なぜなら、新規事業プロジェクトの投資にあたっての判断には、戦略的または意図的でない場合を除き、企業の経営者が外部に対して約束している財務諸表の数値や、財務諸表の数値をベースにした利益率やROA(Return on Asset)、ROE(Return on Equity)などの財務指標を達成できる意思決定をする必要があるからです。このように、新規事業プロジェクトの意思決定には「タテ」の視点も重要になる場合があるので注意が必要です。

次回も引き続き、プロジェクトをテーマにご説明します。