財務会計と管理会計によるプロジェクトマネジメント 後編

 addlight journal 編集部

前回は財務会計の観点から、プロジェクトマネジメントを行うための有効な手法について考えてみました。

今回は、定量的な意思決定のための、管理会計ベースのプロジェクト別損益について、みていきましょう。

管理会計ベースでのプロジェクト別損益

財務会計による会計ルールでは、損益(損益計算書)について売上高から売上原価を差し引いて売上総利益として表示します。そこから販売費及び一般管理費(販管費)を差し引いて、営業利益を表示することになります。前回のコラムの図2は、この会計ルールに従ってプロジェクト別の損益を集計したものです。この財務会計ベースのプロジェクト別損益には、業績予測・業績修正のためには有用ですが、意思決定には役に立たない場合があるのです。

次に、意思決定のための管理会計ベースの損益把握について考えます。ここでは、売上高から変動費を差し引いて、プロジェクトごとの限界利益を表示します。そこから、プロジェクトごとの個別固定費を差し引いて、プロジェクトごとの貢献利益を求めます。このときに、個別固定費をそのプロジェクト(マネージャー)の権限で管理可能かどうかという分類で、管理可能個別固定費と管理不能個別固定費に分けて考え、限界利益から管理可能個別固定費を差し引いたものを管理可能利益と呼んでおります。例えば、プロジェクトメンバーの人数の割当が全社の意思決定により決められており、プロジェクトマネージャーはプロジェクトメンバーの人件費を所与としてプロジェクトマネジメントを行う場合、この人件費は管理不能個別固定費となります。

限界利益と貢献利益などの定義には様々なものがあり、同義とする考え方もありますが、ここで定義は、
「限界利益=売上高-変動費」
「管理可能利益=売上高-変動費-管理可能個別固定費」
「貢献利益=売上高-変動費-個別固定費(管理可能個別固定費と管理不能個別固定費)」
「営業利益=売上高-変動費-個別固定費(管理可能個別固定費と管理不能個別固定費)-共通固定費」
として、営業利益は財務会計ベースと一致するとしております。

以上を踏まえて、先ほどのケースを管理会計ベースで集計し直すと、図4のようになります。

<図4>管理会計ベースのプロジェクト別損益(図をクリックすると大きく表示します)

 

管理会計におけるプロジェクトの意思決定

この図4における管理会計ベースのプロジェクト別損益をもとに、先ほどの意思決定を考えてみましょう。

まずは、どこかのプロジェクトをひとつ撤退しなければならない意思決定を行う場合です。この場合には、各プロジェクトの撤退による影響を定量的に考える必要があるため、売上から変動費と個別固定費を差し引いた貢献利益を用いて判断を行います。例えば、Aプロジェクトの撤退による影響額は、Aプロジェクトの貢献利益であるところの210となります。同様に、Bプロジェクトの撤退の影響額は105、Cプロジェクトの撤退の影響額は220となり、Bプロジェクトを撤退することが、定量的に考えて一番減少する利益が少なくダメージが小さいことが分かります。営業利益で考えると、営業利益の一番小さいAプロジェクトを撤退することがダメージが小さいようにも思えますが、実際にはAプロジェクトは多くのプロジェクト共通費を負担しており、プロジェクト共通費はどこかのプロジェクトを撤退しても減少することはなく他のプロジェクトへの負担が増えるだけである以上、プロジェクトの共通固定費を除外して考える必要があるのです。

次に、広告宣伝費を10追加してどこかのプロジェクトの売上を200伸ばすことができる意思決定を考えます。この場合には、広告宣伝費の追加投入による売上高増加の影響を定量的に考える必要があるため、売上から変動費を差し引いた限界利益を用いて判断を行います(念のため、ここでは、広告宣伝がボトルネックになってはおらず、広告宣伝費に応じて売上が比例的に増える訳ではありません。)

200の売上が増加することにより、下記のような影響があります。
Aプロジェクト 200×限界利益率50.0%=100
Bプロジェクト 200×限界利益率43.8%=88
Cプロジェクトは200×限界利益率44.4%=89
広告宣伝費10をAプロジェクトに追加投入することによって、追加限界利益100から追加広告宣伝費10を差し引いた90を得ることが出来、追加で得られる利益を最大化することができます。営業利益率で考えると、営業利益率の一番大きいCプロジェクトの売上高を増やすことが得られる利益を最大化できるようにも思えますが、実際には限界利益率の一番大きいAプロジェクトに広告宣伝費を追加投入することが、定量的に判断して最も合理的な意思決定であることが分かります。

一人当たり売上高(利益)によるプロジェクトマネジメント

このほかにも、この管理会計ベースのプロジェクト別損益は、プロジェクトマネジメントにおける色々な局面で活用することができるのです。

例えば、この会社が労働集約的な事業を行っており、世の中の需要も高く売上のボトルネックがプロジェクトメンバーの人数である(メンバーを増やせば増やすほど、それに比例して売上高も増加する)場合を想定します。このような場合には、会社またはプロジェクトマネジメントのKPIとして、一人あたり売上高や利益(付加価値)をも管理指標にすべきであり、その予算値(目標値)と実績値を経営者(経営陣)またはプロジェクトマネージャーは把握・PDCA管理することになります。そして、図4のケースで同様の状況であった場合、現状において合計で35人のプロジェクトメンバーのところ、追加で5人のメンバー(人件費として、一人当たり給与手当が10で一人当たり法定福利費が1)を追加できるオプションがある場合の意思決定を考えます。このときには、一人当たり限界利益の大きなCプロジェクトに追加メンバー5人を投入することによって、増加する利益が、
追加メンバー5人×一人当たり限界利益40-追加人件費55=145
となり、追加での利益を最大化することができるのです。

損益分岐点分析によるプロジェクトマネジメント

もしくは、世の中の需要が不安定な場合には、各プロジェクトにおいて、最低でもいくらの売上を上げる必要があるのか考える必要が生じます。この場合には、管理会計ベースのプロジェクト別損益に基づき、損益分岐点の分析を行うことが有用です。損益分岐点とは、英語では、break-even pointと表記し、売上高と費用の額がちょうど等しく損益がトントンになる売上高または販売数量のことです。この分析を行うためには、財務会計ベースの会計情報では不十分であり、費用を変動費と固定費に分解して把握する管理会計ベースの会計情報が必要になります。損益分岐点を超えるまでは、そのプロジェクトは赤字であり、損益分岐点を超えてはじめて各プロジェクトが黒字になり利益を生み出すことができるのです。先ほどの図4のケースで考えると、プロジェクト共通費配賦額を一定とすると、Aプロジェクトの損益分岐点売上高は980、Bプロジェクトの損益分岐点売上高は674、Cプロジェクトの損益分岐点売上高は743と求めることができます。

この損益分岐点の分析は、各プロジェクトのリスクとリターンを想定しながらシミュレーションを行うことができます。横軸に販売数量、縦軸に金額をとり、売上のグラフと費用のグラフを同じ表に書いてみます。その時に、売上のグラフと費用のグラフが交差する点が、売上と費用が等しくなり損益がトントンになる損益分岐点となります。表であらわすと、図5のようになります。ここでは、コスト構造が赤線と青線のふたつのプロジェクトを比較して考えます。黄色の点がそれぞれのプロジェクトの損益分岐点であり、両矢印で表したのが、その販売数量における利益または損失の金額です。

コスト構造が赤線のプロジェクトは、固定費小・変動費大のプロジェクトとなっています。損益分岐点が低く設定できるため、利益を出すためには小さな売上ですむ一方で、利益が出た時のレバレッジは小さいため、ローリスク・ローリターンのコスト構造といえます。他方、コスト構造が青線のプロジェクトは、固定費大・変動費小のプロジェクトとなっています。損益分岐点が高くなってしまうため、利益を出すためには大きな売上が必要になる一方で、利益が出た時のレバレッジが大きいため、ハイリスク・ハイリターンのコスト構造といえます。

このように、変動費と固定費を分解した管理会計ベースのプロジェクト別損益を活用することにより、損益分岐点を把握し、リスクとリターンを勘案したプロジェクトマネジメントが可能になるのです。

<図5>プロジェクトの損益分岐点とリスク・リターン

 

業績評価とプロジェクトマネジメント

その他、プロジェクト自体やプロジェクトマネージャーの業績評価を行うためにも、管理会計ベースのプロジェクト別損益を活用することができます。なぜなら、業績評価は、会計ルールに制約された財務会計ベースの数値ではなく、管理会計ベースの数値をもとに管理可能性(裁量)や貢献などに基づく評価を行うべきであるからです。

例えば、先ほどの図4のケースで考えてみましょう。各プロジェクトの評価を、そのプロジェクトが利益にどう貢献したかで判断すると、プロジェクトごとの売上高からそのプロジェクトに直接関係ある個別の費用を差し引いた貢献利益の金額や貢献利益率、貢献利益の予算達成度合いによって評価されるべきです。また、プロジェクトマネージャーの評価については、前述のとおり、各プロジェクトへのプロジェクトメンバーの割当が経営者(経営陣)によって決定され、プロジェクトマネージャーの裁量が及ぶ範囲ではありません。よって、このような場合にはプロジェクトマネージャーの評価は、プロジェクトマネージャーが直接管理することのできる、プロジェクトごとの売上高から変動費と管理可能個別費を差し引いた管理可能利益の金額や管理可能利益率、管理可能利益の予算達成度合いによって評価されるべきです。

このように、管理会計ベースのプロジェクト別損益は、定量的な意思決定だけではなく、その管理可能性(裁量)や貢献に基づく定量化により、業績評価にも活用することができるのです。

次回も引き続き、プロジェクトをテーマにご説明します。